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大阪地方裁判所堺支部 昭和41年(ワ)35号 判決

原告 互光産業株式会社

右代表者清算人 細井史郎

右訴訟代理人弁護士 花房節男

右同 福井直

右同 香川公一

右訴訟復代理人弁護士 小西正人

右同 花房秀吉

被告 井上産業株式会社

右代表者代表取締役 井上秀雄

〈ほか二名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 藤原昇

主文

被告らは各自原告に対し、金三八〇万六、五一七円およびこれに対する昭和四一年一月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

ただし被告らが各金三〇〇万円の担保を供託するときは、当該被告につき右の仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言

被告ら

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決

第二、請求の原因

一、原告会社は繊維製品およびその原材料の売買を業としているものであったが、得意先の破産により売掛代金の回収が不可能となり、その結果会社債権者に対する支払いもできなくなり、昭和四〇年六月債権者集会を開いて会社の営業状況の報告をした、その結果会社は債権者集会で選任する整理委員に、会社財産の調査保全換金配当等の行為を委任し、整理委員は委員会の合議または他の委員からの受命により、単独で会社の財産の調査保全換金等の行為をすることにした。

二、被告会社は昭和四〇年六月一八日に開催された原告会社の債権者集会において整理委員の一員に選任され、その職務は代表取締役井上秀雄および取締役井上秀嗣が行うことになったが、実際は息子の被告井上秀嗣が父井上秀雄の指示により主として右整理委員の職務を担当した。

三、被告井上秀嗣は右原告会社の整理委員である被告会社の被用者として、被告会社の代表者被告井上秀雄を補佐して右整理業務に従事中

(一)、昭和四〇年一〇月一一日堺市大野芝町二九五番地藤原一雄から、原告会社の建物および敷地の売却代金として、被告会社のために受領した金一、〇五七万円から、訴外竹上精一の立替金その他登記費用等を控除した残金三〇三万〇、一〇六円を、同日原告会社または整理委員会が指定した富士銀行堺支店の原告会社整理委員会口座へ納金して該代金の引渡しをしなければならないのに、これをなさず、ほしいままにこれを横領した。

(二)、昭和四〇年九月八日頃、大阪市浪速区下寺町四の一〇の一〇株式会社池田与商店社長池田与三太郎から、原告会社が所有していた堺敷物団地内の土地購入についての権利を取得するために支払った権利の追加金および手数料金三五万円を、原告会社のため受領しながら、原告会社に支払わないで、前号同様の方法で横領した。

(三)、昭和四〇年九月一五日頃、原告会社が所有していた電話加入権(登美丘二六六一―三の三本に対する権利)時価金二七万円相当を、その中二本を一七万円で売却し、その代金を受領してこれを横領し、残一本は訴外藤原一雄が金一〇万円で買い取る旨申入れても、自己名義で占有を続けて売却しないでこれを横領した。

(四)、昭和四〇年九月八日頃、原告会社の在庫品、マット、C色紡毛糸、レーヨン糸を競売した際代金を支払うもののごとく装って競落し、被告井上秀嗣が該在庫商品を受取りながら、代金一五万六、四一一円を原告会社に支払わないで不当に利得をえた。

四、被告井上秀雄は被告井上秀嗣の父であって、右三項の被告井上秀嗣の不法行為について共謀し、或いは教唆して行わしめたものであるから、共同不法行為者として責に任すべきものである。

五、被告井上産業株式会社は、代表取締役井上秀雄および取締役井上秀嗣が、その職務を行うについて原告会社に損害を与えたものであるから、民法第七一五条一項により事業主として、右三項四項のごとく被告秀雄同秀嗣の両名が、原告会社に与えた損害の賠償をなすべき義務がある。

六、原告会社は被告らの不法行為により財産上の損害を被むったので、被告ら各自に対しその損害の賠償を求める。

七、被告井上秀雄に対する予備的主張

被告井上産業株式会社は、被告井上秀雄の個人会社ないし被告井上秀嗣らとの同族企業であり、とくに被告井上秀雄は、原告会社の整理事務の執行に関しては、使用者である被告井上産業株式会社に代わり現実に事業を監督する地位にあった、したがって、使用者が法人である場合は、その代表者が現実に被用者の選任監督を担当しているときは、右代表者は民法七一五条二項にいう代理監督者に該当し、当該被用者が事業の執行につきなした行為について代理監督者として責任を負わなければならない。

ところで、被告井上秀雄は、使用者たる被告井上産業株式会社の代表者であると共に、実際自らその事業の執行を監督していたのであるから、使用者の代表であると同時に、使用者に代わって事業を監督する者として、二つの地位を併有するから、本件は右代理監督者としての地位に基くものでもあり、被告井上秀嗣を被用者として選任および監督する地位にあったのであるから、民法七一五条二項の責任は免れない。

第三、被告らの答弁および主張

一、被告井上秀嗣の答弁および主張

被告秀嗣が原告会社の整理委員としてしたとの点およびその主張のごとき横領したとの点を除く請求原因記載のごとき事実(原告主張のような外形的事実)のあったことは認めるが、右除外部分に関する原告主張事実はこれを否認する、被告秀嗣が被告会社の代理人として原告会社の整理委員の職務を担当したことは事実であるが、本件の各行為は被告会社の機関として、当時被告会社が原告会社に対して有していた金六二〇万円の債権取立行為としてしたにすぎなく、原告会社の機関として行為をしたものでないから、横領行為であるとの原告の主張は失当である。

二、被告井上産業株式会社ならびに被告井上秀雄の答弁および主張

請求原因事実中、原告会社が倒産したことおよび原告会社の倒産に基く債権者集会において、被告会社がその整理委員に任命せられ、取締役井上秀嗣がこれに出席していたことならびに被告秀雄が被告会社の代表取締役であって、被告秀嗣の父であること等は認めるが、その余の事実はすべて知らない。ことに被告秀雄が被告秀嗣のなした不法行為につき共謀したとか、教唆したとかいう事実はないのでこれを否認する。

三、原告の予備的主張に対する被告井上秀雄の答弁

被告秀嗣の本件行為当時において、同被告が被告会社の営業全般につき担当し、被告秀雄は製造全般につき担当していたもので、被告秀嗣の営業に関する行為につき、現実に監督にあたっていたわけではない、従って被告秀雄には原告主張のごとき責任はない。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告と被告会社および被告秀雄との間においては、請求原因事実中原告主張のごとく原告会社が倒産したことおよび原告会社の倒産に基く債権者集会において、被告会社がその整理委員に任命せられ、被告会社の取締役である被告秀嗣が整理委員会に出席したことは同当事者間に争いがなく、原告と被告秀嗣との間においては、請求原因中被告秀嗣のなした行為は、原告会社の整理委員としてなしたものであるから横領行為であるとの点を除くその余の事実は、同当事者間に争いがない。

ところで、原告は被告秀嗣の右行為(請求原因三項(一)ないし(四)記載)は、被告秀嗣が原告会社の整理委員である被告会社の被用者として、被告会社の代行者被告秀雄を補佐して右整理業務に従事中、被告秀雄と共謀してなした不法の行為であるから、被告ら全員に責任がある旨主張するのに対し、被告秀嗣は右の行為は、原告会社の整理委員としてなしたのではなく、被告会社の機関として、原告会社に対する債権取立行為としてなしたにすぎないものであるから、原告に対する不法行為でない旨主張し、被告秀雄は被告秀嗣の右行為に自分は関与していないのみか、そのようなことは全く知らされてもいない、従って原告主張の共謀の点はこれを否認すると主張する。

二、よって先ず原告会社に対する被告秀嗣の責任の有無につき検討する。

前記当事者間に争いがない事実ならびに≪証拠省略≫を綜合すると、繊維製品およびその原材料の売買を業とする原告会社は、昭和四〇年六月一八日請求原因一項記載のごとき事情により倒産し、その処理対策として招集した債権者集会において選任された整理委員に対し、会社財産の調査保全換金配当等一切の整理行為を委任し、整理委員をして委員会の合議または他の委員からの受命により会社財産の調査保全換金等の行為をなさしめた、その際被告会社が整理委員に選任されたので、その職務は本来代表取締役である被告秀雄が、これを処理せねばならなかったのであるが、同被告に代わって被告会社の取締役である被告秀嗣が右集会に出席したので、右整理委員会は同被告をして整理事務を処理せしめることとした。

しかして、被告秀嗣は右の財産整理事務執行中、(一)右整理委員会において、原告主張の頃その主要財産である請求原因三項(一)掲記の土地家屋を被告秀嗣の斡旋により、訴外藤原一男に金一、〇五七万円で売却したが、整理委員会としては、同訴外人より受領する代金より抵当権者への支払その他の諸経費を差引いた金三〇三万〇、一〇六円を、富士銀行堺支店へ通知預金として入金し、その証書を当時原告会社の清算人で会計を担当していた訴外辻武夫に、印章を被告秀嗣にそれぞれ保管させることにして、右両名を同銀行に同道させたところ、被告秀嗣は右銀行に至るや、右訴外人を同銀行のカウンターの前に待たせ、自分は独り営業室内へ入り辻武夫、井上秀嗣両名義で預金すべきを、仮空の村田良男名義で預金した上、右辻に対し証書は後日銀行から届けられる旨申し向けて同人を信用させ、その後ほしいままに右預金を引出し、これを右整理委員会にはもちろん原告に引渡さないで着服横領し、(二)右整理委員会において、右同三項(二)の原告の堺市所在敷物団地内の土地購入についての権利を、訴外株式会社池田与商店に対し、金一九〇万円で売却したところ、被告秀嗣は右訴外会社々長池田与三太郎から、原告会社のため受領した右代金中、三五万円は被告会社の取得分であると称して、これを原告会社に支払わず、(三)右同三項(三)の原告会社所有の電話加入権(三本分)を、前記整理委員会の決議に基き、財産の保全と換価の都合上被告会社名義に移し、被告会社に保管を託したところ、被告会社において、うち二本の電話を金一七万円で売却し、被告秀嗣がその代金を受領しながら、これを原告会社に引渡さず、かつ残り一本の電話については、訴外藤原一雄が金一〇万円で買取る旨申入れているのにかかわらず被告会社名義で占有を続けたまま売却しないでこれを領得し、また(四)前記整理委員会においてなされた右同三項(四)の原告会社所有の在庫品マット、C色紡毛糸、レーヨン糸等のせり売りに際し、被告秀嗣が代金を支払うもののごとく装うて被告会社名義でせり買いをなして、右商品を受け取りながら代金一五万六、四一一円を原告会社に支払わないで、右同額の損害を与えたものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被告秀嗣はことさらになした右の不法の行為によって、原告に対し合計金三八〇万六、五一七円の損害を与えたことは明らかであるから、これが賠償の義務を負うべきことは当然である。

三、被告会社の責任の有無について

右認定のごとく被告秀嗣が前記原告会社の整理委員である被告会社のために、その使用人として原告会社の整理事務を執行するに当って、右のごとき不法の行為をなして原告会社に損害を与えたのであるから、被告会社が被告秀嗣の右行為に対して、使用者としてその責を負うべきものであることはいうまでもない。

四、被告秀雄の秀嗣との共謀による不法行為責任について

被告秀雄が被告会社の代表取締役であって被告秀嗣の父であるとの当事者間に争いがない事実および弁論の全趣旨により明らかである被告会社が被告秀雄の個人企業的会社ないし被告秀雄同秀嗣ら親子のための同族会社であること等から察すれば、原告会社の倒産なる事態の勃発は、同会社に約七〇〇万円もの債権を有する被告会社、しかも小資本小規模の企業である被告会社にとって、営業上重大な問題であるべき筈である、とすれば代表取締役として会社を主宰する被告秀雄が、当然この事実を知らされ、その対策を子の被告秀嗣とも討議したであろうことは、容易に推察しうるところであるが、これだけでは、前記秀嗣の不法行為は被告秀雄との共謀によるものであるとは、にわかに断定し難く、他に右共謀の事実を肯認しうる証拠はないので、被告秀雄に対し被告秀嗣との共謀による不法行為責任を認めることができない。

五、よって次に被告秀雄に対する原告の予備的請求原因につき考察する。

被告秀雄は被告会社の代表取締役であることは前叙のとおりである、ところが、被告秀雄は被告会社の営業はすべて被告秀嗣が担当処理しており、自分はただ被告会社の商品の製造業務に携わっておるにすぎない、従って被告秀嗣の会社の営業に関する行為につき現実に指揮監督するものでないので、代理監督者としての責任がない旨主張する。

しかし前記のごとく被告会社は、被告秀雄を中心とする同族会社であって、会社代表取締役社長の役職にあるのは、被告秀雄自身であり、被告秀嗣は対外的に会社を代表し、対内的に業務を執行する代表取締役の権限を与えられていたものではなく、専ら代表取締役である被告秀雄を補佐して、自由使用を黙認されていた同被告の記名判および印章を用いて同被告の包括的委任に基く代理行為をなしていたのにすぎないのであるから、被告会社の平取締役で、被告会社の被用者であるというべきである。

本来株式会社の代表取締役は、対外的には会社を代表して取引をなし、対内的にはその業務執行権に基き会社運営の衝に当る者であって、当然会社の使用人を指揮監督しうる地位にあり、また会社のためにそれをなすべき責務を有する者である故、他に右代表取締役に代わって現実に会社の使用人の事業の執行につき監督するものがない以上、代理監督者としての責任を免れえないものとみるのは相当である、しかもその代理監督者としての資格要件は、会社の使用人に対し通常指揮監督をなしうる立場にあり、かつそのものが使用人に対し、平素一般的に指揮監督が可能であることをもって足り、使用人の行為をいちいち知得して具体的に指揮することができたかどうかの点まで論ずる必要がないので、被告秀嗣に包括的に代理行為を委任していた本件のごとき場合にあっては、かりに監督者である被告秀雄の知らない間に、たまたま被告秀嗣によって本件行為が敢行されていたとしても、被用者被告秀嗣のその行為に対する被告秀雄のその代理監督者としての責任に、何ら消長をきたすべきものではない。従って被告秀雄は右代理監督者としての責任、すなわち被告秀嗣が被告会社の事業の執行につき、原告に加えた前記損害を代理監督者として同被告とともに賠償すべき責を負うべきである。

六、以上の理由によって、被告らは各自原告に対し、前記原告の被むった損害金三八〇万六、五一七円およびこれに対する原告代理人より被告らに対し、右金員の支払を催告した日の翌日であることは、≪証拠省略≫により認めうる昭和四一年一月一五日から完済まで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務のあることは明らかであるから、被告らに対しこれが支払の履行を求める原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 依田六郎)

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